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お兄ちゃん。
「夢か。」
目が覚めた俺は自然に寝返りをうった。そのことで起こった微妙な音に緑咲が反応する。
「ん?火呼。どうしたの?」
緑咲は空を見上げていた顔をこちらに向けて聞いてきた。しかしながら、いくら緑咲といえども夢の話などする気にはなれない。
「いや、なんでもない。それより起きていたんだな、緑咲。」
「うん。こんな星が綺麗な夜はね。寝るのがもったいないんだ。」
緑咲は膝を抱え、愛おしそうに大地を見ながら静かに言った。
「そうか。」
その感覚を俺は知らない。だから適当に相槌をした。
「あと、どれくらいもつのかな。」
俺は答えなかった。答えられなかった。それに緑咲自身も別に答えてほしいわけではないだろう。
「空はまだ綺麗なのに、もったいないよね。」
「そうだな。」
世界は破滅へとどんどん足を進めていく。
俺たちはそんななかを生きている。
お兄ちゃん。
夢から覚めたのに、まだあの声が途切れない。
あの声が現実だったのはとうの昔だというのに。
「ねぇお兄ちゃん。森に行こうよ。」
「蛙の卵がね、孵ったの。今おたまじゃくしがいっぱいよ。」
「げー、あんなののどこがいいんだよ。」
「とってもかわいいのよ、おたまじゃくしって。えさをあげるとね、みんなよってくるの。」
「お前さ、わかってる?それらがみんなあのぬめぬめの蛙になるんだぜ。」
「うっ。そっか。おたまじゃくしは蛙になるんだもんね。でも、蛙は嫌だけど、おたまじゃくしはかわいいよ。」
「だから見に行こうよ。」
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!!」
「かすみ。どこだ。」
俺が気が付いたとき、それはもう家が炎に包まれていた。そのなかを俺はなんの迷いもなく、妹を探した。
「お兄ちゃん、ここ!かすみはここ!!」
「かすみ!ドアを…」
「だめ、開かないの!無理なの。だから、コホコホ。逃げて。お兄ちゃんは逃げて!!早くしないと火が回ってお兄ちゃんまで、逃げられなくなっちゃうから。」
「だめだ。かすみ、ドアから離れていろ。」
かすみのいる部屋のドアを思い切り力任せに開けた。その時俺は本当に妹のためなら何でも出来ると心のどこかで思っていた。
「開いた!かすみ!!」
「かすみ!」
「お兄ちゃん。逃げて。あのね、かすみはね、お兄ちゃんのこと大好きだよ。だから逃げて、お兄ちゃん。」
けれど、やっとドアを開けたところでもうかすみの部屋は炎だけだった。本当に崩れる寸前だったのだ。俺がドアを力まかせに開けた衝撃のせいなのかはわからないが、かすみの言葉の間に、俺とかすみの間を瓦礫が埋め、最後の声を最後に全ての部屋の天井が崩れていた。
「かすみ―!!」
その時俺は必死の無力さを声に表すことしか出来なかった。
「火呼。」
「っ。水方か。」
優しくもなく、けれど冷たくもない声で水方は俺の今の名を呼んだ。
「朝よ。」
「緑咲は。」
「出かけたわ。」
水方は用がなければここへ来ることはめったにない。ということは緑咲が頼んだのだろうか。
「そう。俺の寝言聞いていた?」
「別に。あなたの寝言なんて興味ないわ。」
「ふーん。まあいいけどな。」
どうせ、水方は聞いていたとしてもそのままなのだろう。そういう女だということは出会った時から知っている。
俺はあの時、死ななくてよかったのだろうか?
どちらにしろ、ずっと忘れない。
大好きだった妹かすみを。
今の生活がどんなに楽しくても、今がどんなに幸せでも。逆にたとえ今が苦しかったとしても、俺は忘れない。
それがかすみにしてやれる最後のことだと思っている限り。