授業が始まる30分前。
限は獅戯の椅子の上で小さく膝をたてて座り、静かに懐かしい写真を見ていた。
そんな時ドアの先に気配を感じた。それを感じた限はあわてて写真をもとの形にし、もとの位置に戻した。
それからドアはすっと開いた。
「おや、おはようございます。限さん」
綺麗な規則正しい足音の後に入ってきたのは冴晞だった。
「・・・おはよう」
期待していた相手ではないにしても嫌な相手でもない。むしろ限の好きな分類に入る。冴晞はそのまま獅戯の机に、つまりは限のいるほうへと足を運び、隣の誰かの席に無言で座り限をみた。
「久しぶりですね。ご飯、ちゃんと食べてますか?」
「・・・たまに」
冴晞のまっすぐな視線にどう答えようと少しだけ迷いつつも結局正直に答えた。その回答に冴晞は少しだけ苦笑した。それから何かを言いかけた時に、ドアの外からどかどかという音が聞こえた。結局冴晞は何か言いかけたことをそのままやめてしまった。
「限さん、どうやら待ちくたびれた相手が来たみたいですよ。今日は獅戯がゴミ出し当番だったので少し遅かったんです」
そう言いながらすかさずドアの前まで冴晞はすっと移動し、ドアを開けた。その外には手をかけようとして失敗した獅戯の微妙な姿があった。
「パントマイムしてるみたい」
何もないところに今まさに手をかけようとして失敗した姿は確かに見えない何かを持とうとする手だ。限のなんともいえない小さな感想を耳にしてしまった冴晞はしっかりと笑みを浮かべてしまった。それに獅戯が少し不機嫌そうににらみつけていた。けれどそれもすぐに目線を自分の机のほうへ向ける。そこには限が未だ座ったままでいた。
「おはよう、限。早いな」
「・・・おはよう」
そこで短い会話が交わされただけだったが、この数学準備室はなんともいえない雰囲気に包まれた。優しい雰囲気が漂う。
「限、ココア、飲むか?」
獅戯は少しだけこの空間に満足しながら自分の鞄を限の足元に置き、聞いた。
「・・・うん。飲む」
限は少しだけはにかみながら獅戯に答えた。それに獅戯は満足そうなかすかな笑みを浮かべながら部屋に設置の水道から水を入れた。それから未だドアのところに立っている冴晞のほうを向いた。
「お湯だけ下さい。自分でコーヒー淹れますから」
冴晞は獅戯の顔を見ながら苦笑いで答えた。この空間の中の人間は誰もが知っている事実。獅戯の淹れるコーヒーはおいしくない。それを飲めるのは本当に一部の人間だけだ。そしてそのコーヒーの話題で誰もがそのコーヒーを飲める一番身近な人物、神津を頭の片隅に浮かべていた。
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