「くしゅん」
朝の道路で神津は思わず、かわいいくしゃみをしてしまった。
柄にもない、と思いつつも思案する。何か予感、というほどでもないのかもしれないが何かが頭をめぐった。
昨日の女が悪い。
仕事で早いのに神津と一夜をともにした。そして朝、神津は見事に追い出された。女はそのままいてもいいと言っていたがそうもいかない。自分の跡など何一つ残していかないよう入念にベッド付近をチェックし、女とともに家を出た。そして今に至る。
誰彼がいるのかわからない家には帰る気はない。それならばこの頭をめぐる何かに、そう考え、行動に移す。
予感のままについたのは学校だった。H.Rが始まる時間だ。神津は無言で校門をくぐった。後ろから遅刻ぎりぎりの生徒たちが神津を抜かしていく。神津は下駄箱まで記憶をたどっていき、あまり履き古していない上履きに履き替えるとそのまま数学準備室へと向った。
数学準備室の前まで行くと話し声が聞こえた。
「幸の頼みだ。別にお前が来たくないのなら全部来いとは言わない。ただ、二週間だけは来い」
どうも出席日数か何かの話らしい。コーヒーを飲みに来ただけなので話が終るまで待ってもいいのだが、時間的にそうもいかない。獅戯がH.Rへ行く可能性がある。
ドアを開けながら声をかけた。
「おはよう。獅戯、コーヒー淹れて」
中にいたのは限だった。ココアをかわいく飲んでいる。そしてドアの横には冴晞がコーヒーを飲んでいた。相変わらず気配が乏しい人だ。
「あぁ?神津、ちょうどいい。お前も二週間学校にいろ。幸からの命令だ。来なければ殺されるぞ」
獅戯は機嫌悪そうにいったものの、しっかりとコーヒーを淹れ始めながら忠告した。
「あーあ、限に言うのと俺に言うのと全然違うし。お父さんは娘を溺愛ね」
わざとらしく最後にため息をついてみると、冴晞が微妙に反応していた。獅戯が限に甘いのは周知の事実だ。しかし獅戯はさらりと流してきた。そして切り返される。
「茉咲は?どうしてる」
獅戯と神津の保護者の茉咲は知り合い同士らしい。お互いに会ってもいるのだろうが神津を間に挟むこともたまにある。
「さあ?俺は昨日から家、帰ってないし。まあでもたぶんこれと一緒にいるんじゃない?昨日出かけに来ていたから」
神津は小指をたてて、恋人の存在をあえて言葉にはしなかった。その皮肉らしい行為にも獅戯は顔色一つ変えずに続けた。
「お前も茉咲の家に行ってから一年か。少しは慣れたか?」
獅戯のこの慣れたか、には色々な意味が含まれている。神津はしっかりそれを覚りながらごまかした。
「さあな。それより、早くコーヒー。それと、H.R始まってますけど?」
神津の言葉に冴晞が先に反応し、「あっじゃあ僕はこれで」とコーヒーカップを獅戯の手に包ませてそのまま部屋を出て行った。
「しょうがねぇな。限、・・・まだ飲み終わってないな。H.R終ったら帰ってくるから待ってろ。神津、手を出すなよ」
「誰が出すかよ」
獅戯の意味を正確に理解し、即答した。それにとりあえず満足したように獅戯は手ぶらで数学準備室を出て行った。
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