理事長室。
そう書かれた扉の前で幸は周りにわからない程度の小さなため息を吐いた。
それからいつもの通りノックをし、相手の返事を待たずして入っていった。
「・・・やあ」
扉の中で机に向かい、椅子に腰掛けた一人の男性は相変わらず不器用にとりあえずの言葉をかける。
しかし幸はその声掛けに答えようとはしなかった。
しょうがないので男性は静かに話を続ける。
「この三人について聞きたい」
幸は入ってからずっと男を見ようとはしていなかった。壁に寄りかかり他の方を向いていた。しかし、この三人という取っ掛かりに思わず顔をそちらに向け、苦い顔をした。
「・・・」
それでも幸は答えようとしなかった。しかたがないという顔で今までずっと横に息を潜ましていた秘書の女性が続けた。
「最近また不登校であると伝わりました。いくら身内の頼みといえどもさすがに限度がある、というのが今回のお呼び出しの件です」
三人のデータが一枚ずつA4紙に書かれている。「時任限(ときたかきり)」「神津神津(かみづこうつ)」「綺蝶揚羽(きちょうあげは)」名前のところにはそんな三人の名前がしっかりと記されていた。
さすがに白を切るつもりもなかった。ただ、この体勢が気に入らない。そう思った幸は話を進めることにした。
「つまり、アンタは自分の学園に不登校児を置いておきたくないわけだろ。でもアタシの話に耳を傾けないわけにはいかない。大変だねぇ、理事長は」
ここに呼び出した腹いせに幸は皮肉な笑みを浮かべながら進めた。秘書の女性がそれに対抗しようとするのをすっと手を出し、理事長の茅種はその場を制する。
「私は、この子たちをどうする気もない。しかしずっとこうでも困るんだ。だから幸、君を呼び出した。教師としても、妹としても・・・私に何かあったときは君にここを仕切ってもらうつもりだ」
「その話はどうでもいい!あぁいいさ、アンタが言うことを今回は守ってやるよ。けれどこいつらは自分の意思で動いていく。アタシが言えるのは二週間。それで話はついたはずだ。帰らせてもらう」
幸は兄の話を途中までで打ち切り、自分の言いたいことをいうとさっさともと来た扉を開き、外へと出た。しばらく歩いたところで、少しだけ呼吸を意識する。それから迷わず数学準備室に向うことにした。
そしてそこには何も知らない獅子が一匹、生徒のことを考えながらココアを口にしていた。
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