獅戯は数学準備室で一人、ココアを飲みながらテストの採点をしていた。
獅戯は空き時間だが生徒は授業中の時間である。生徒からの人気は決して低くない彼にとってこの生徒がいない空き時間はある意味至福の時だった。
しかしそれもすぐに消え去る幸せだった。
「おい、獅戯。いるな!」
幸は生徒が授業中なのを良いことに乱暴に数学準備室のドアを開けた。正確には蹴り上げたというほうが正しいかもしれない。それくらい乱暴な開け方だった。
しかし獅戯も幸との付き合いは決して短くはない。彼女の足音を感じた時から咄嗟の判断を強いられていた。しかし彼は何もしようとしなかった。それもまた付き合いの年月を表す行動である。
当然獅戯は反射的に逃げたくはなっていた。しかし学校の廊下は直線で結ばれており唯一のドアに幸が向っているなかでその視覚から逃げられる可能性は極めて低かった。また準備室のドアの向かいには窓があるが、下がコンクリートであり一階ではないこの場所から飛び降りるのには判断する時間、ある程度の精神面を整える時間はなかった。当然、このような行為でもし怪我でもした場合幸にバカにされるだけでなく同僚である冴晞にも何を言われるかわかったものではない。それもまた彼が動かなかった理由であった。
「アンタさ、後輩教師を名前で怒鳴りつけて言いのかよ」
だめもとで言ってみたがそのまま無言でスルーされた。その代わり、幸はそのまま数学用教材の棚を背にもたれ掛かった。
「今、呼び出しを受けて会ってきた」
幸は敢えて誰とは言わなかった。獅戯はその人物をすぐに理解しそのまま無言で幸に顔を向けた。幸はそれを話を続ける肯定だととりそのまま続ける。もっとも別の行動をとったとしてもその行為をやめさせるかすぐに話を続けるのが二人の会話だが。
「いくら私の身内にしているからといって不登校にもほどがある。限、神津、揚羽。この三人に二週間だけ学校に来させろ」
「つまりそれが幸先生が理事長に呼び出された理由ですか」
幸が言い切ったと見越した冴晞はドアを静かに引きながら声をかけた。
「そういうことだ。アタシに恥はかかせるな。とりあえずおまえらに任せる。あいにくアタシはテストの採点があるからね」
幸は冴晞がドアの外にいたことについても何の問題にもしなかった。というよりも幸は最初から知っていたのだ。彼女はそれくらい隙がない。
彼女が出ていたドアが完全に閉まったのを確認してから獅戯は一言呟いた。
「俺もテストの採点中なんだけど」
彼女が出て行ったのは当然確認中だが自然と声は低く小さくなっていた。それに冴晞は軽く笑った。
結局獅戯はテストの採点を放棄して冴晞と三人の登校への対策を練り始めた。しかし結局はすぐに良い案が出ないことと時間的に休み時間に突入ことから冴晞は一つ提案をして数学準備室を出て行った。
それは限には獅戯から電話を入れること、だった。今ひとつ冴晞に逆らえなかった獅戯はそのまま学校の電話を介さず、自分の携帯を取り出しかけた。
予想通り限は電話に出なかった。それでも留守電機能を外してはいない。だから一言だけメッセージを残した。
「限、明日は俺がいる数学準備室に来い」
と。これで限が動かなければ獅戯は幸になんと言われるのだろうと思いつつも、それだけしかメッセージを残さなかった。
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